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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)188号 判決

原告

藤田兵吾

右訴訟代理人弁護士

天野一夫

天野実

天野陽子

被告

大阪トヨペット株式会社

右代表者代表取締役

小谷清三

右訴訟代理人弁護士

真砂泰三

滝口克忠

右真砂訴訟復代理人弁護士

池本美郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との間に雇用契約関係が存在することを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和五九年一月二五日から毎月二五日限り一箇月三五万八六七〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一項同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三九年二月に被告に雇用された。

2  被告は、昭和五八年一二月一四日付け書面をもって原告を懲戒解雇したとして、原告と被告との間の雇用契約関係の存在を争っている。

3  被告は、毎月二五日に原告に対し賃金を支払っていたが、昭和五八年九月当時の賃金は、基本給二八万四一七〇円、諸手当七万四五〇〇円で合計三五万八六七〇円であった。

よって原告は被告に対し、原告と被告との間に雇用契約関係が存在することの確認及び昭和五九年一月二五日から毎月二五日限り一箇月三五万八六七〇円の割合による賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

すべて認める。

三  抗弁

1  原告は、昭和五六年四月から、被告柏原営業所所長の地位にあった。

2  原告は、訴外志田良人(以下「訴外志田」という)、訴外喜田孝雄(以下「訴外喜田」という)及び訴外旧姓山下こと小谷美智代(以下「訴外小谷」という)と共謀の上、訴外小谷が被告柏原営業所から購入した小型乗用自動車(以下「本件自動車」という)につき、東京海上火災保険株式会社(以下「訴外保険会社」という)との間に、訴外保険会社の代理店である被告を介して保険金額一三〇万円の臨時費用保険金付自家用自動車保険契約を締結していたのを奇貨として、訴外保険会社から保険金名下に金員を騙取しようと企て、情を知らない被告柏原営業所サービス係員小林政明を介して、昭和五七年五月一八日ころ、大阪府柏原市石川町二番一五号所在の被告柏原営業所から、大阪市東区高麗橋四丁目一一番地所在の訴外保険会社大阪支店自動車損害部損害第四課課員に対し、真実は本件自動車が他人から窃取されたことはなく、訴外喜田において他仁処分したものであるのにその情を秘し、本件自動車が同月一五日大阪府堺市高倉台一丁三番地先路上において盗難にあった旨の虚偽の事実を申告し、更に同年七月三〇日ころ、訴外保険会社大阪支店において、同支店自動車損害部損害第四課課長代理中田裕史に対し、前同様虚構の事実を記載した訴外小谷名義の自動車保険金請求書を提出するなどし、右中田らをして、本件自動車が盗難にあい、前記保険金の支払をしなければならないものと誤信させ、よって、同年八月一一日、同人をして、株式会社三菱銀行梅田支店の被告名義の普通預金口座に、車両保険金名下に一三六万五〇〇〇円を振込み送金させてこれを騙取した。

3  原告は、右犯罪事実(以下「本件犯罪」という)につき、昭和五八年一〇月六日逮捕され、引き続いて勾留され、またそのころ、原告が本件犯罪を犯したこと及びそれにより逮捕、勾留されたことが新聞等により報道された。

4  被告は、前記のとおり訴外保険会社の保険代理店業務をしているところ、被告の営業所所長である原告が、右のとおり本件犯罪を犯し、逮捕、勾留され、新聞等により報道されたことにより、被告の名誉、信用を著しく毀損され、また、著しい不利益、損害を被った。

5  そこで被告は、原告に対し、昭和五八年一二月一四日ころ到達の書面で、原告の行為は被告就業規則五八条六号、五七条一二号(各規定の内容は別紙のとおり)に該当するとして、同月一五日付けで原告を懲戒解雇する旨の意思表示をするとともに、原告がその受領を拒む態度を示していたことから、解雇予告手当三四万七三九四円の弁済の準備をなしていることを通知してその受領を催告した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。ただし、原告は、犯罪の嫌疑なしの理由で不起訴となった。

4  同4の事実は、被告が訴外保険会社の保険代理店業務をしていることを除き否認する。

5  同5の事実のうち、被告がその主張に係る書面により、その主張に係る就業規則を適用したとして懲戒解雇の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は争う。被告は原告に対し解雇予告手当の支払をしていないし、本件については、労基法二〇条一項但書所定の事由も存しない。

五  再抗弁

被告は、原告を解雇する(以下「本件解雇」という)に当たり賞罰委員会、取締役会を開いてこれを決したが、その際原告の弁明を聴く機会をもたなかった。

よって本件解雇は手続に瑕疵があり無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁事実のうち被告が本件解雇に当たり賞罰委員会、取締役会を開いてこれを決したことは認めるが、その余の事実は、右委員会等において原告の弁明を聴く機会をもたなかったことを除き争う。弁明を聴くことを要する旨の規定はない。

2  被告は、本件解雇に先立って昭和五八年一〇月七日ころから同年一二月五日ころまで合計一〇回にわたり、取調担当の警察官及び検察官に会って原告が本件犯罪を犯したことの確認を受け、また逮捕直後には、大阪府東警察署において原告と接見して原告自身から本件犯罪を犯したことの確認を受けるなど相応の手続を踏んでいる。

(右2の事実に対する原告の認否)

原告が逮捕中被告担当者と会ったことは否認し、その余の事実は不知。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二1  そこでまず、原告が本件犯罪を犯したか否かについて判断する。

抗弁1の事実(原告が昭和五六年四月から被告柏原営業所所長の地位にあったこと)は当事者間に争いがない。

そして右争いのない事実並びに(証拠略)及び原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると、

(一)  原告は、昭和五六年四月から、被告柏原営業所所長の地位にあったが、昭和四二年ころから訴外志田と取引関係をもつようになり、二年又は三年に一度位の割合で被告の扱う自動車を同人に売り渡したり、他の客を紹介してもらったりしており、このようなことから訴外志田は、原告にとって有力な顧客の一人であった。

(二)  訴外志田は、昭和五四年ころから訴外小谷の父の経営する山下水道工業所(昭和五五年一二月にその経営が行き詰まったことから、訴外小谷を代表者として株式会社山下水道設備(以下「訴外会社」という)となる)に対し多額の資金援助をするようになっていたが、訴外小谷が昭和五六年九月ころから訴外志田に対し、営業用等に使用する乗用自動車を一台求めたい旨を述べたことから、訴外志田は、同年一二月ころ原告に対し、適当な自動車の紹介を求めた。

(三)  原告、訴外志田、訴外小谷の協議の結果、訴外小谷は、被告から本件自動車(定価一〇七万円のところ一二万円値引き)を二四回の分割払で貰い受けることとなったが、その際自賠責保険料、諸税、登録諸費用として一四万六八五〇円、後記の任意保険料として一一万五〇三〇円が必要となるほか、分割払の頭金若干も必要であったところ訴外小谷に右金員支払のための資力がなかったことから、訴外志田は訴外小谷のため二七万二〇〇〇円を用立てして、右保険料等を立替払したほか自己の所有する軽四輪自動車を提供して、これを被告を通さず原告又は後記訴外永長重幸の紹介で第三者に売却して右代金及び右用立て残金合計六万円をもって前記頭金に充当することとした。

(四)  訴外志田が前記のとおり立替払等したことから、被告は、昭和五七年二月一八日ころ本件自動車を訴外小谷に引き渡したが、訴外小谷は、その際本件自動車につき、訴外保険会社との間に自家用自動車保険を締結した。右保険においては、対象車両が全損となったときには保険金として一三〇万円が支払われるほか、臨時費用保険金として六万五〇〇〇円が加算して支払われることとなっていた。

(五)  ところで本件自動車売買につき被告側の交渉担当者は、実質的には前記のとおり原告であったが、原告は、自らが営業所所長であることから、部下の訴外永長重幸に命じて同人が右売買を担当したことにさせ、同人が具体的事項につき説明するとともに関係書類を作成した。

(六)  前記のとおり本件自動車代金は値引き後九五万円であり、内六万円が前記のとおり支払われたが、他方分割払手数料として約六万円が必要であり、差引き九五万余円が未払となっていたところ、右未払金及び前記志田の立替金等は訴外小谷の経営する訴外会社からの訴外小谷に対する報酬等をもって充当する予定で、右未払金支払のためにいわゆるマル専手形二四通が振り出されることとなっていたが、訴外会社の営業はおもわしくなく、右マル専手形も振り出される見込みが立たず、右未払金等の支払の見通しが全くつかない事態となった。

(七)  原告は、前記のとおり本件自動車の未払代金支払についての見通しが全くつかず、したがってまた、右未払代金支払時期等をもその内容とする本件自動車の売買契約書がいつ作成されるかも確定しないことから、昭和五七年四月、一旦本件自動車を訴外小谷の下から引き上げたが、訴外志田からの強い希望もあり、まもなく再度引き渡した。

(八)  ところで訴外志田は、前記のとおり二七万二〇〇〇円を立替払したほか自己の所有する自動車を換価して本件自動車買い受けの資金としたのであるが、右のような自己の出捐は合計五〇万円に相当するものと考えており、そして右出捐は、直接には訴外小谷のためになしたものであるが、これにより原告も自動車を売ることができ、売上げ増加に協力してもらったという利益を受けているはずであるとして、原告に対しても右五〇万円の弁済について事実上の協力を強く求めるようになった。また原告も、本件自動車売買についての商談時から訴外志田に対し、訴外志田の出捐分の弁済については原告が事実上責任を持つ旨を約しており、このことから原告は、被告営業所所長としての未払金回収の責任と、訴外志田に対する右五〇万円弁済の事実上の責任とを負担することとなり、困惑していた。

(九)  そして原告は、昭和五七年五月一〇日ころ被告柏原営業所において訴外志田、訴外小谷及び訴外喜田(訴外志田及び訴外小谷の知人であり、訴外志田は訴外喜田の紹介で訴外会社及びその前身である前記山下水道工業所に対し約六八〇〇万円の融資をするようになったものであり、訴外喜田も訴外志田に対し相当額の借財をしている)と会い、前記未払金及び五〇万円の支払方法、時期等につき協議をしたが、その際、本件自動車に前記自動車保険が締結されていることが話題となり、原告は、どのような場合に保険金が支払われるのかについての説明を求められたことから、山中において谷底に落ちて大破した場合等のほか盗難にあった場合も全損として保険金合計一三六万五〇〇〇円が支払われる旨を説明し、このような会話の過程で、少なくとも原告と訴外志田との間において、盗難を仮装して本件自動車をスクラップ業者などに売り渡し、廃棄処分とさせて、右事実を訴外保険会社に秘して同社から右保険金を騙取して前記未払金の支払及び五〇万円の回収に充当することを共謀した。

そしてそのころ訴外志田を介して訴外小谷及び訴外喜田とも謀議が成立し、右全損の方法につき、訴外志田の各指示の下、訴外小谷が本件自動車を路上に放置し、訴外喜田がこれに乗車して知人のスクラップ業者に渡して廃棄処分させる方法によることとなった。

(一〇)  前記共謀に基づき、訴外小谷は、昭和五七年五月一五日、大阪府堺市高倉台一丁三番地先路上に本件自動車をエンジンキーを付けたまま放置し、訴外喜田は、まもなく本件自動車に乗車して同所から立ち去った。

(一一)  そして訴外小谷は、直ちに所轄の警察署に対し被害届を提出するとともに、原告に対し電話で本件自動車が盗まれた旨を報告し、昭和五七年五月一八日に訴外志田と共に被告柏原営業所において原告と会い盗難及び被害届が提出された旨を述べた。

原告は、原告の部下で保険金請求等の手続を担当している訴外小林政明に対し、前記事情を秘した上、訴外保険会社に対し保険金請求の前提としての事故報告をする手続を指示し、これに基づき訴外小林政明は、訴外小谷から必要な事項を確認し、そのころ訴外保険会社に対し事故報告をした。

(一二)  ところで前記のとおり、本件自動車売買についてはいまだ未払金支払時期等が確定しておらず、したがって売買契約書も作成されていないことから、直ちに訴外保険会社に対し保険金請求をすると、仮装事故であることを疑われることが予測された。そこで原告は、昭和五七年五月二〇日ころ訴外志田に対し、不渡り予定のものでもよいから、とにかく額面が一三六万円の約束手形一通を取得してこれを被告に提出するよう助言をし、訴外志田はこれに応じて、訴外喜田及び訴外小谷に対し、右約束手形を取得するよう指示をし、訴外喜田及び訴外小谷は、同月二二日又は同月二四日ころ大阪市南区所在の新歌舞伎座前付近において訴外豊川稔から、別紙手形目録記載の約束手形一通(ただし、振出日、受取人欄及び裏書部分は白地)を取得し、訴外志田らは直ちに別紙手形目録記載のとおり各裏書して右手形を原告に届けた。そして原告は、同月三一日ころ、事情を知らない訴外永長重幸等に指示して、前記二四回の分割払に代えて、右手形を使って右手形の満期日である同年九月三〇日に残代金(分割払手数料を含む)九五万〇八七五円が被告に対し支払われる旨の売買契約書を作成し、被告本社に送付した(なお右手形は、前記のとおり受取人欄は白地であり、第一裏書人欄に訴外小谷(手形上の表示は山下美智代)の氏名が記載されているのであるから、手形を受領した被告としては、右受取人欄に訴外小谷の氏名を補充すべきであったところ誤って被告の名称を記載した。そこで本件手形は同年六月上旬ころ、原告、訴外喜田らを経由して一旦訴外豊川稔に返却され、右受取人欄に訂正印が押された後、再度被告に提出された。

(一三)  他方保険金請求手続については、原告は昭和五七年七月ころ訴外志田に対し、訴外小谷名義の保険金請求書等を作成するよう指導した。ところが訴外小谷は同年六月三〇日から所在不明となっており、同人の印鑑が手に入らなかった。そこで訴外志田は、訴外喜田に対し、訴外小谷が訴外保険会社との保険契約に際し押印した印鑑と類似の印鑑を取得するよう求め、訴外喜田は、同年七月七日、事情を知らない印鑑業者に類似の印鑑を作成させ、訴外志田は、これを原告に提出した。そして原告は、訴外小林政明等に指示して、同月二九日、訴外小谷名義の保険金請求書を作成し、これを被告本社を経由して訴外保険会社に提出した。

(一四)  原告らの一連の行為により事情を知らない訴外保険会社は、本件自動車が真実昭和五七年五月一五日に盗難にあったものと誤信し、同年八月一一日に株式会社三菱銀行梅田支店の被告名義の普通預金口座に、前記保険金合計一三六万五〇〇〇円を振り込んだ。そして被告は、右金員の内九〇万円(前記本件自動車の未払金八九万円と経過利息一万円の合計金額)を本件自動車代金として充当し、同月三〇日に近畿相互銀行富田林支店の訴外会社名義の普通預金口座に残金四六万五〇〇〇円を振り込み、右口座の実質的な預金者である訴外志田は、同年九月二日、後記三万五〇〇〇円とともに右金員を引き出して取得した。

(一五)  ところで訴外志田は、前記のとおり本件自動車買い受けにつき自己の出捐した金額は合計五〇万円相当である旨主張し、右金員の返還を訴外小谷に対してはもちろんのこと原告に対しても求めていた。原告は、昭和五七年七月六日に右求めに応じ、前記保険金が支払われたならば右金員を確実に支払う旨を約し、その旨の確認書を作成して訴外志田に交付した。

そこで前記のとおり同年八月三〇日に四六万五〇〇〇円が振り込まれたことから、原告は、同月三一日に前記口座に差額三万五〇〇〇円を振り込んで支払った。

(一六)  ところで、本件自動車は、前記のとおり訴外喜田が昭和五七年五月一五日にスクラップ業者に渡して解体することとなっていたが、訴外喜田は、たまたまそのころ訴外小谷から本件自動車を第三者に譲渡するために必要な車検証等の書類を取得していたことを奇貨として、原告らに無断で、事情を知らない訴外角川勇二に本件自動車を譲渡担保に供して三〇万円を借り受けた(ただし訴外喜田は右金員を弁済する意思は有していなかった)。そして本件自動車は、その後訴外鏡味由功の賃借りするところとなったが、同人が同年一〇月一五日本件自動車を無断駐車し、右事件につき警察が捜査をしたことから原告らの本件犯罪が発覚するに至った。

以上の事実が認められ(証拠略)及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで原告は、本件犯罪を共謀してはおらず、また共謀しなければならない特段の動機は存せず、原告は無実であること、原告の自白調書(〈証拠略〉)は、逮捕、勾留されるという精神的動揺期に、取調警察官、検察官の強い心理的圧迫等の下に作成された虚偽の内容のもので信用性に乏しい旨主張し、これにそった供述をし、供述に代わる書面を提出する。

しかしながら前掲各証拠によれば、前記のとおり原告は、本件犯罪当時未払金の回収に困惑していた(もちろんいわゆる営業成績上の減点要素になる)のみならず、訴外志田から、同人の出捐した合計五〇万円相当分の弁済についても執拗にその履行を迫られていたなど本件犯罪を共謀するについての合理的な動機が存したこと、原告の取調べの過程には特段の違法事由は認められず、原告は各供述調書の内容を知りつつ任意に署名指印しており、その内容に不合理な点はないこと、とりわけ裁判官による勾留質問に際しても、本件犯罪を自白したこと(乙第八号証)、また取調警察官はともかく、取調検事が原告の言い分をよく聴いてくれたことは原告も自認していることなどの事実が認められ、これらの事実によれば前記各調書は信用性があるものと解するのが相当であり、したがって原告の前記主張及びこれにそった供述等は採用できないものである。

2  抗弁3の事実(原告が本件犯罪につき逮捕、勾留され、原告が本件犯罪をしたこと及びそれにより逮捕、勾留されたことが新聞等で報道されたこと)及び同4の事実のうち被告がその主張に係る書面により、その主張に係る就業規則を適用したとして懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、同5の事実のうち被告が訴外保険会社の保険代理店業務をしていることは原告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

そして(人証略)の各証言及び弁論の全趣旨によると、原告は昭和五八年一〇月二五日処分保留のまま釈放となり、その後まもなく再び被告の下に出社するようになったこと、被告は、後記の事情で原告が本件犯罪を犯したことにつき確信を抱いており、原告に対し再々にわたり退職届の提出等を促したが原告は無実を主張してこれに応じなかったこと、そこで被告は前記のとおり懲戒解雇の意思表示をすることとなったが、その際原告の右態度から、原告が解雇予告手当を受領しないことが推認されたため原告に対し現実に右手当を提供することはせず、右手当として算出された三四万七三九四円の弁済の準備をなしたることを通知してその受領を催告したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被告は、解雇予告手当の提供につきいわゆる現実の提供はしなかったもののいわゆる口頭の提供を適法にしたことが認められるものであり、本件解雇につき労基法二〇条違反の事実は存しないものである。

3  そして以上の事実によれば、原告は、被告の営業所所長として部下に範を示すべき地位にありながら、その地位、知識を悪用して、訴外志田らの強い働き掛けがあったにせよ、未収金を回収して自己の営業成績を上げる等の目的で、被告が保険代理店をしている訴外保険会社を欺罔して、同社から一三六万余円の多額の保険金を騙取したものであり、右のような地位にある原告が本件犯罪を犯したことは、訴外保険会社と被告との間において被告の名誉、信用を毀損したのみならず、右の事実及びこれにより原告が逮捕等された事実が新聞等に報道されたことにより広く社会との関係でも被告の名誉、信用が著しく毀損されたこと、また原告は、釈放後自己の無実を主張して何ら反省の態度を示さなかったこと(もちろん被害弁償等はしなかった)が認められるものであり、したがってこのような原告に対し、被告が当該就業規則を適用してなした本件解雇は相当なものと解すべきである。

三  再抗弁事実中、被告が本件解雇に当たり賞罰委員会、取締役会を開いてこれを決したことは当事者間に争いがなく、右委員会等において原告の弁明を聴く機会をもたなかったことは被告が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

しかしながら(証拠略)及び原告本人尋問の結果によると、被告の就業規則等には、従業員の解雇に当たり前記委員会等において本人の弁明を聴くことを要する旨の規定はないこと、被告は、原告の逮捕、勾留中はもとより釈放後も再三にわたり取調担当警察官及び検事から直接に、また、被告の顧問弁護士を通じて間接に、原告が本件犯罪を犯した旨の事実を確認していること、被告の担当者は原告の釈放後、原告から本件犯罪につき弁明(無実である旨)を聴き、これを前記取調官からの確認事項とともに前記委員会等に報告し、これに基づいて本件解雇が決せられたことが認められ(なお被告は、原告の逮捕直後、原告自身と接見して原告自身から本件犯罪を犯したことの確認を受けた旨の事実を主張し、(人証略)の証言中には一部これにそう部分があるが右は採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして右のような関連規定の内容、被告の本件解雇につき現実に履行した一連の行為に照らすならば、本件解雇は、手続の面においても相応の考慮が払われているものであり、有効なものと解するのが相当である。

四  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 北澤章功 裁判官 下野恭裕)

(別紙)

被告就業規則(抄)

五七条 従業員が次の各号の一に該当する場合は譴責、減給、出勤停止解任に処する。

12 会社の名誉、信用を毀損しまたは会社に不利益、損害を与えたとき

五八条 従業員が次の各号の一に該当するときは諭旨退職または懲戒解雇に処する。

6 前条各号の情状の特に重いとき

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